時流に合った「スマートネス」を見つける
<IFA>ソニーが目指す方向性のヒントは“初代ウォークマン”、キーマンに訊いた「変わるべきところ・変わらないもの」
「ソニーのオーディオ製品が目指すべきところはいつの時代も変わりません。つまり、現在の音楽・オーディオファンが必要としている価値あるものを提供すること、あるいは先行して提案することにほかなりません。その意味では、私たちが当面の課題として取り組むべきひとつのテーマは『スマートネス』であると思います。私たちの軸足を “音” の方に置きながら、お客様に喜んでもらうためにスマートネスに取り込んだらどうなるかということを追求するべきではないでしょうか」(黒住氏)。
黒住氏は、変わるソニーのオーディオが目指すべき方向性のヒントがあの「初代ウォークマン」に隠れていると説いている。「音楽を心地よく楽しめるオーディオという軸を変えずに、屋外へ持ち出せるという新しい価値を産んだことが初代ウォークマンがブレイクした大きな勝因です。今では携帯電話を誰もが当たり前のように所有するようになった理由も非常にシンプルで、いつでも・どこでも電話ができるという付加価値提案がスマートだったからであると言えます」。
いまの時流に合った「スマートネス」を見つけるための試行錯誤について、黒住氏は今後もしばらくは続けていくことになるだろうとしている。ただ、その試行錯誤の間もソニーが目指すクオリティや丁寧なものづくりのへのこだわりはブレることなく持ち続けながら、根底にあるユーザー本位の目線で喜ばれるものを作るという姿勢を大切にしたいと、黒住氏は力を込めて述べていた。
■オーディオが「5G」や「AI」と結びつきを強める可能性
いまエレクトロニクスに深く関わる次世代の技術として、「AI」や「5G高速通信」など新しいトレンドに関する話題が賑やかになりつつある。ユーザー目線でオーディオの進化を追求していくのであれば、ソニーのオーディオ製品が今後、これらの技術を積極的に取り込む可能性もあるのだろうか。黒住氏に質問をぶつけてみた。以下が、黒住氏の回答だ。
「私は1997年から2001年ごろに、ソニー・ミュージックエンタテインメントで音楽配信『EMD』のプラットフォームを立ち上げるプロジェクトを担当していました。当時はCDの絶頂期だったので、音楽配信というビジネスモデル自体が半ばタブー視されていたものでしたが、私はあくまでユーザー目線に立って将来を考えるべきだと信じながらプロジェクトを推進してきました。当時の音楽ファンもおそらく、音楽をたのしむ手段としてディスクメディアに限らず、配信も含めた豊富な選択肢があること望んでいるだろうと考えたからです」
「やがてmoraやiTunes Musicなどがダウンロード配信というビジネスを立ち上げて軌道に乗り、数年前からはSpotifyやApple Musicのような音楽ストリーミングも台頭してきたことで、今ではスマホで音楽を聴く若い音楽ファンを中心に日常のリスニングスタイルとして定着しつつあります。近頃は若者の音楽離れが懸念されていたこともありますが、音楽配信が便利に安心して楽しめるものになったことで、人々が音楽と触れ合う時間がまた増えているとも聞きます」
「音楽業界が活性化すれば魅力的なコンテンツが次々と生まれて、ユーザーも喜ぶ好循環が見えてきます。なぜダウンロードや音楽配信が定着したのかといえば、デバイスやソフトウェアによるユーザー体験、そしてインフラも含めた『技術の進化』が大きな支えになった部分も見逃せないと私は思います。AIや5Gといった次世代のテクノロジーも、将来これに似たようなかたちで私たちのミュージックライフを豊かにするきっかけであってほしいと願っています」
黒住氏はまた、人と人がつながってできるコミュニティ、あるいはソーシャルの力を活かしながら新しい音楽の楽しみ方が生まれる可能性にも注目しているという。大きな変革の時代を迎えつつある今も、ソニーは万全の構えでいっそう魅力的なオーディオ製品をファンに届けようとしている。筆者もIFAの会場で黒住氏と交わした言葉の数々から「ソニーの揺るぎない自信」に触れることができたように思う。
インタビューの最後に、黒住氏がIFAの会場で出会った出来事に関するエピソードを語ってくれた。「WH-1000XM3の体験ブースにある現地の親子連れのお客様が足を運んで下さいました。まだ小さいお子様がヘッドホンを装着して、ノイズキャンセリング機能をオンにした時に、とてもびっくりしたような表情を浮かべた後に、満足げにうなずいてくれていた様子を偶然に見かけて胸が熱くなりました。ソニービデオ&サウンドプロダクツとして、時間をかけてお客様に訴えかけてきた高音質や、オーディオクオリティのノイズキャンセリング効果によって “良い音を聴く環境” を楽しむという提案がしっかりと響いているのだと思います。DMP-Z1をはじめとするHi-Fiの試聴コーナーにも初日から大勢の熱心なファンに駆けつけていただいている様子を見ても、欧州にもSignature Seriesの熱量をお伝えできる手応えを感じています」。
1000Xシリーズ、そしてSignature Seriesともに、現在のソニーが掲げる「人に近づく」というコーポレートポリシーに時間をかけて丁寧に取り組んできた成果がいま実を結び、次々と花を咲かせつつあるのかもしれない。IFAで発表されたソニーの新製品を、日本で試せる日が来ることが今からとても楽しみだ。
(山本 敦)