話題のソフトを“Wooo”で観る − 第14回『幸せのレシピ』(BD)
この連載「話題のソフトを“Wooo”で観る」では、AV評論家・大橋伸太郎氏が旬のソフトの見どころや内容をご紹介するとともに、“Wooo”薄型テレビで視聴した際の映像調整のコツなどについてもお伝えします。第14回はBlu-ray Discソフト『幸せのレシピ』をお届けします。
■ドイツ映画をハリウッドキャストでリメイク
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ扮する女性シェフを助けるイタリア帰りの陽気なコック(アーロン・エッカート)が「ネズミ」に見えてくるから何とも不思議である。日本でも観客を動員した『幸せのレシピ』(原題:No Reservation)は、若者といえない年齢の男女のラブロマンスに、料理とオペラ名曲をまぶしてお洒落に仕立てた佳作である。
映画も投資の対象であるアメリカでは、債権化やファンドの活用など資金調達に様々な知恵を競っている。大作を企画し全世界ヒットの大きなリターンで投資家の興味を惹くのも方法だが、リスクの少ない作品で好配当を重ね、出資者から安定した信頼を得るのも一つの道だ。何より、アメリカ流儀のマーケティングの第一箇条目は「外さないこと」なのだそうだ。
『幸せのレシピ』は、2001年に製作されたドイツ映画のリメイク。その上で、シナリオ、キャスティングをユニバーサルな映画として練り上げた、どうにも「外しようのない」作品だ。ワーキングウーマンの孤独、突然襲い掛かる人生の不幸、出会いとロマンス、が映画の基調。この連載が始まってまもなく取り上げた『イル・マーレ』(サンドラ・ブロック、キアヌ・リーブス主演)に何やら似ている。そういえばあの映画も、同じVillege Roadshow Pictures製作による韓国映画のリメイク作だった。
簡単にストーリーを紹介しよう。マンハッタンのレストランでシェフを務めるケイト(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)は、創意と技術に富むN.Y.きっての女性シェフ、店の人気も上々だ。しかし、彼女の実像といえば、世評のプレッシャーと懸命に戦って内心はボロボロ、セラピーに通う毎日である。
そんな折、ケイトを重大な事件が見舞う。シングルマザーの姉が交通事故死し、姪のゾーイ(アビゲイル・ブレスリン)が独り残された。唯一の肉親であるケイトが面倒を見なければ、養護施設に行くしか道はない。ケイトはゾーイを引き取り育てる決心をする。彼女と真剣に向き合うために、一週間の休暇を取ったケイトが調理場に復帰すると、店の女性オーナーがリリーフに連れてきていたのは、ミラノ帰りのフリーランスのコックとして売り出し中のニック(アーロン・エッカート)だった。
厨房でニックに鉢合わせしてケイトは絶句する。パヴァロッティのオペラアリアを大音量で鳴らして、料理材料を振り回し陽気に歌い踊るパフォーマンスが彼の料理のスタイル。仕事人間で真面目一方のケイトとは正反対の性格なのである。調理場の人事はケイトとの相談なしにはやらない約束のはず。オーナーは客とのケンカの絶えないケイトに内心不満を抱いていたのだ。しかし、生憎、産休を取る調理場スタッフもいて人手不足じゃ厨房は立ち行かないし、面接しても使えそうな人材は皆無。「あなたのサフランソースに憧れて、ここに雇われる気になった」というニックの言葉に気を取り直し、調理場の序列に服従することを条件に、渋々彼を副料理長に迎える。
一方、ゾーイの心の傷は深く叔母に心を開いてくれず、プロのシェフである彼女が腕を奮って作った豪華な一品にさえ手をつけようとしない。パンクロッカーのベビーシッターの少女が当てにならないのに困り果ててゾーイを自分の仕事場に連れて行ったケイトは目を疑う光景を目にする。
自分より格下、と軽んじていたニックが作った賄い飯のスパゲティナポリタンを夢中でムシャムシャと頬張るゾーイ。「きみの料理は大人の味なんだ。食べ慣れた物を作ってあげなくちゃ」。この瞬間、ケイトの気持とふたりの関係に変化が生まれる。
あとはお定まりのラブストーリー。急接近、メイクラブ、すれ違い、誤解、別れ、孤独、後悔、再会、許し、そしてメデタシメデタシである。
■アメリカ的なアバウトさは賢明さのゆえか
正直に言って、ガストロノミー(美食)をモチーフにした映画としては、余り見るべきものがない。料理をテーマにした映画では『バベットの晩餐会』が忘れられない。ご承知の通り、公開後には世界中のフレンチレストランに映画ファンが詰めかけ「バベットメニュー」を味わうのが大流行した。何を隠そう、筆者もそれまでウズラといったら、焼き鳥屋の玉子の串焼きしか食べたことがなく、六本木のフレンチに勇んで「ウズラのパイ包み」を味わいに出かけた馬鹿なミーハーの一人である。
ところが、『幸せのレシピ』を見終わっても、ああ、映画に出てきたあの一品が食べたい、という気持ちにサッパリならない。映画の中のケイトが勤めるレストランが、フレンチなのかイタリアンなのか何だかわからないのも困る。はっきりいって「ロイヤルホストに毛の生えた」程度。客がケチをつけるのも無理がない。同じアメリカ映画でも、ネズミが主人公のアニメ『レミーのおいしいレストラン』の方がはるかに料理と人間の深い絆を描いている。
踏み込みが見られないという点では、放浪青年のニックがイタリアの文化に惚れ込んでいて、彼の周囲にはいつもオペラのメロディーが流れているという設定でも同じ。随所に名作オペラの名アリアが挿入されるが、選曲がストーリーの進行とかみ合っていない。
ケイトとニックが結ばれるシーンの背景に、プッチーニの『ジャンニ・スキッキ』から「私のお父さん」が流れるが、これは自分が選んだ若者との結婚の許しを父に請う娘の歌である。映画の中で、ケイトは自分に料理の真髄を教えてくれた母を今も慕っているが、父とはなさぬ仲だった、と語らせているのに、これじゃ、まるでケイトがファザコンのようではないか。それとも母が亡くなってから父とは、今流行りの(?)近親相姦だったのか。姉がいたのだからまさかそんなことはないだろう。この曲を主題曲に使った映画は古今東西、五指に余るのだが、どの映画もちゃんとこの曲に意味を持たせている。しかし、この映画ときたら、切ない情感のメロディーが親しまれているからこの曲を使っただけなのだ。料理への視点といいオペラの使い方といい、何というアメリカ的なアバウトさ!
しかし、ここから逆に『幸せのレシピ』という映画の賢明さが伺えるのだ。つまり、スノッブ好みのウンチク映画になることを回避したのである。この映画の中の料理も音楽も、心を癒し人生を豊かにする調味料のようなものであり、肝心なのは職業の設定に関わらず、主人公ケイトの一人の女性としての生き方の選択なのだ。
『幸せのレシピ』でケイトを演じるキャサリン・ゼタ=ジョーンズはその点、実に魅力的で説得力に満ちている。『マスク・オブ・ゾロ』で銀幕に初登場して以来、どちらかというとアクションがかった役が多くて『シカゴ』で「この人、こんなに踊れるのか!」とビックリさせたが、今度は年齢を隠さない(失礼)スッピン風メイクで、表面は強気を装いながらその実、ヘコみやすくて、自分に鞭打って必死に自分を盛り立てて生きるワーキングウーマンを演じている。特にエボニーアイの輝きがいい。またも新境地を開拓した感がある。こんな健気なヒロイン像なら、国を問わず女性の支持を勝ち取るだろう。その瞬間、『幸せのレシピ』の世界的なヒットが約束された。
忘れてはならないのが、ゾーイに扮した子役の上手さ。ハリウッド映画を見るたびに子役の演技に感心させられるが、今度もまた舌を巻いた。母を失って子供の心に空いた大きな空洞が痛いほど伝わってくる。ハリウッドでは子役も立派な俳優であり、演技というものがどういうものかきちんと教えられ、それが子供自身の自然なパフォーマンスになって表現されるのだ。日本でも『誰も知らない』のような子役中心の秀作があるが、またも、大きな差を見せ付けられた思いである。
■VC-1作品の中では画質の高さが好印象
さて、Blu-ray Disc対HD DVDの規格戦争もとうとう決着が付いた。急展開を呼んだ張本人であるワーナー・ホーム・ビデオ(以下WHV)から発売されたBD版『幸せのレシピ』を日立のフルハイビジョンプラズマテレビP50-XR01で見ようというのが、この記事の趣旨であるが、WHVはハイビジョンディスクのエンコードに関してVC-1という方式を採用している。
VC-1はマイクロソフトが考案した、Windows環境下での動画コーデックを原型にした方式で、ソニー・ピクチャーズやディスニー等が採用するMPEG-4 AVCに比較した場合、動画の早い動きへの追従など、やや劣る面があるとされている。しかし、『幸せのレシピ』はこれまでにVC-1でエンコードされた作品中、なめらかな階調感、リアルで豊かな解像感、発色の自然さで最高の出来、MPEG-4 AVCを含めた近作中でも群を抜いた画質の良さである。
同じマーケティングの映画、と先に引き合いに出した『イル・マーレ』はラブファンタジーだったから、中年の坂に差し掛かった男女のミステリアスな出会いをシカゴ郊外の自然も取り込みながら、絵本のような美しい色彩でドリーミーな味を醸し出していたが、『幸せのレシピ』は対照的にN.Y.の等身大(よりちょっと上)の女性が主人公なので、リアルで迫真性のある映像を狙っている。『幸せのレシピ』を演出したスコット・ヒックス監督は、ドキュメンタリー出身の異色監督で、実在のピアニスト、デビッド・ヘルフゴッドの人生を描いた『シャイン』、工藤夕貴が出演して話題になった第二次世界大戦中の日系アメリカ人を描いた『ヒマラヤ杉に降る雪』を演出した実力派である。
『イル・マーレ』がツーショットシーンで望遠レンズを多用し、二人の男女の距離感の微妙な変化を巧みに表出したのに対して、『幸せのレシピ』のスコット・ヒックスは、シェイキーカム(手持ちの小型カメラ)を多用して日常生活や厨房にズカズカと入り込み、シーンによっては、ケイト、ニック、ゾーイの主要人物三人のフレーミングで心の変化のドラマを作り上げる。
■映画を観るならプラズマに一日の長がある
こうした切れ味のいい映像の鮮度を味わうには、優れたフルハイビジョンテレビが必要だ。日立のP50-XR01は、まずフルハイビジョンの情報量と解像感があり、主演のキャサリン・ゼタ=ジョーンズの悩める一人の女性の美しさ(ちょっと荒れた肌まで含めて)と真実味のある存在感を、持ち前のシャープな映像で完璧に伝えてくれる。何より映像に鮮鋭感があるから、現代劇のリアリズムの手応えがそこにある。そして、画質のいい映画を「さあ家庭でくつろいで楽しもう」という時の、プラズマ方式の圧倒的な利を思い知らしめてくれる。
P50-XR01なら、母を失ってこの世に独りぼっちになってしまった少女の灰色の影に覆われた世界が、子役の巧みな演技を通じて画面に広がってくる。バックライトと偏光板を使って映像を作る液晶方式では、元々はフィルムで撮影されて表現できる、映画ならではの心の明暗の繊細なニュアンスは十分に描ききれないのである。薄型テレビの普及につれて、サイズの選択肢の多い液晶方式が最近、優勢であるが、映画を見るならプラズマに利があることをあらためて教えてくれたP50-XR01の映像だった。
下記の設定で、レストランのフルコースで宵の時間の過ぎるのを楽しむように、『幸せのレシピ』全編をゆっくりと見ることができる。液晶テレビもよくなってきたが、バックライトとコントラスト、黒レベル(ブライトネス)、色温度の絡みあいがあって、一本の映画を一つの設定で見通せるまでには達していない。レストランに例えるなら、コースの途中でテーブルを移動させられるようなものである。P50-XR01なら、きちんとそれが出来てしまうのである。
P50-XR01『幸せのレシピ』の調整値
※テレビ直上の照度約80ルクス
・映像モード:シネマティック
・明るさ:-2
・黒レベル:−4
・色の濃さ:-10
・色合い:-3
・画質:-2
・色温度:低
・ディテール:切
・コントラスト:リニア
・黒補正:切
・LTI:弱
・CTI・YNR・CNR:切
・3次元Y/C:入
・MPEG NR:切
・映像クリエーション:なめらかシネマ
・デジタルY/C:入
・色再現:リアル
・音声モード:シアター
・高音:0
・低音:+8
・バランス:0
・SRS;ワイド
・TruBass:強今日
・BBE:弱
・Focus:強
(大橋伸太郎)
大橋伸太郎 プロフィール
1956 年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループにて、美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。ホームシアターのオーソリティとして講演多数2006年に評論家に転身。趣味はウィーン、ミラノなど海外都市訪問をふくむコンサート鑑賞、アスレチックジム、ボルドーワイン。
■ドイツ映画をハリウッドキャストでリメイク
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ扮する女性シェフを助けるイタリア帰りの陽気なコック(アーロン・エッカート)が「ネズミ」に見えてくるから何とも不思議である。日本でも観客を動員した『幸せのレシピ』(原題:No Reservation)は、若者といえない年齢の男女のラブロマンスに、料理とオペラ名曲をまぶしてお洒落に仕立てた佳作である。
映画も投資の対象であるアメリカでは、債権化やファンドの活用など資金調達に様々な知恵を競っている。大作を企画し全世界ヒットの大きなリターンで投資家の興味を惹くのも方法だが、リスクの少ない作品で好配当を重ね、出資者から安定した信頼を得るのも一つの道だ。何より、アメリカ流儀のマーケティングの第一箇条目は「外さないこと」なのだそうだ。
『幸せのレシピ』は、2001年に製作されたドイツ映画のリメイク。その上で、シナリオ、キャスティングをユニバーサルな映画として練り上げた、どうにも「外しようのない」作品だ。ワーキングウーマンの孤独、突然襲い掛かる人生の不幸、出会いとロマンス、が映画の基調。この連載が始まってまもなく取り上げた『イル・マーレ』(サンドラ・ブロック、キアヌ・リーブス主演)に何やら似ている。そういえばあの映画も、同じVillege Roadshow Pictures製作による韓国映画のリメイク作だった。
簡単にストーリーを紹介しよう。マンハッタンのレストランでシェフを務めるケイト(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)は、創意と技術に富むN.Y.きっての女性シェフ、店の人気も上々だ。しかし、彼女の実像といえば、世評のプレッシャーと懸命に戦って内心はボロボロ、セラピーに通う毎日である。
そんな折、ケイトを重大な事件が見舞う。シングルマザーの姉が交通事故死し、姪のゾーイ(アビゲイル・ブレスリン)が独り残された。唯一の肉親であるケイトが面倒を見なければ、養護施設に行くしか道はない。ケイトはゾーイを引き取り育てる決心をする。彼女と真剣に向き合うために、一週間の休暇を取ったケイトが調理場に復帰すると、店の女性オーナーがリリーフに連れてきていたのは、ミラノ帰りのフリーランスのコックとして売り出し中のニック(アーロン・エッカート)だった。
厨房でニックに鉢合わせしてケイトは絶句する。パヴァロッティのオペラアリアを大音量で鳴らして、料理材料を振り回し陽気に歌い踊るパフォーマンスが彼の料理のスタイル。仕事人間で真面目一方のケイトとは正反対の性格なのである。調理場の人事はケイトとの相談なしにはやらない約束のはず。オーナーは客とのケンカの絶えないケイトに内心不満を抱いていたのだ。しかし、生憎、産休を取る調理場スタッフもいて人手不足じゃ厨房は立ち行かないし、面接しても使えそうな人材は皆無。「あなたのサフランソースに憧れて、ここに雇われる気になった」というニックの言葉に気を取り直し、調理場の序列に服従することを条件に、渋々彼を副料理長に迎える。
一方、ゾーイの心の傷は深く叔母に心を開いてくれず、プロのシェフである彼女が腕を奮って作った豪華な一品にさえ手をつけようとしない。パンクロッカーのベビーシッターの少女が当てにならないのに困り果ててゾーイを自分の仕事場に連れて行ったケイトは目を疑う光景を目にする。
自分より格下、と軽んじていたニックが作った賄い飯のスパゲティナポリタンを夢中でムシャムシャと頬張るゾーイ。「きみの料理は大人の味なんだ。食べ慣れた物を作ってあげなくちゃ」。この瞬間、ケイトの気持とふたりの関係に変化が生まれる。
あとはお定まりのラブストーリー。急接近、メイクラブ、すれ違い、誤解、別れ、孤独、後悔、再会、許し、そしてメデタシメデタシである。
■アメリカ的なアバウトさは賢明さのゆえか
正直に言って、ガストロノミー(美食)をモチーフにした映画としては、余り見るべきものがない。料理をテーマにした映画では『バベットの晩餐会』が忘れられない。ご承知の通り、公開後には世界中のフレンチレストランに映画ファンが詰めかけ「バベットメニュー」を味わうのが大流行した。何を隠そう、筆者もそれまでウズラといったら、焼き鳥屋の玉子の串焼きしか食べたことがなく、六本木のフレンチに勇んで「ウズラのパイ包み」を味わいに出かけた馬鹿なミーハーの一人である。
ところが、『幸せのレシピ』を見終わっても、ああ、映画に出てきたあの一品が食べたい、という気持ちにサッパリならない。映画の中のケイトが勤めるレストランが、フレンチなのかイタリアンなのか何だかわからないのも困る。はっきりいって「ロイヤルホストに毛の生えた」程度。客がケチをつけるのも無理がない。同じアメリカ映画でも、ネズミが主人公のアニメ『レミーのおいしいレストラン』の方がはるかに料理と人間の深い絆を描いている。
踏み込みが見られないという点では、放浪青年のニックがイタリアの文化に惚れ込んでいて、彼の周囲にはいつもオペラのメロディーが流れているという設定でも同じ。随所に名作オペラの名アリアが挿入されるが、選曲がストーリーの進行とかみ合っていない。
ケイトとニックが結ばれるシーンの背景に、プッチーニの『ジャンニ・スキッキ』から「私のお父さん」が流れるが、これは自分が選んだ若者との結婚の許しを父に請う娘の歌である。映画の中で、ケイトは自分に料理の真髄を教えてくれた母を今も慕っているが、父とはなさぬ仲だった、と語らせているのに、これじゃ、まるでケイトがファザコンのようではないか。それとも母が亡くなってから父とは、今流行りの(?)近親相姦だったのか。姉がいたのだからまさかそんなことはないだろう。この曲を主題曲に使った映画は古今東西、五指に余るのだが、どの映画もちゃんとこの曲に意味を持たせている。しかし、この映画ときたら、切ない情感のメロディーが親しまれているからこの曲を使っただけなのだ。料理への視点といいオペラの使い方といい、何というアメリカ的なアバウトさ!
しかし、ここから逆に『幸せのレシピ』という映画の賢明さが伺えるのだ。つまり、スノッブ好みのウンチク映画になることを回避したのである。この映画の中の料理も音楽も、心を癒し人生を豊かにする調味料のようなものであり、肝心なのは職業の設定に関わらず、主人公ケイトの一人の女性としての生き方の選択なのだ。
『幸せのレシピ』でケイトを演じるキャサリン・ゼタ=ジョーンズはその点、実に魅力的で説得力に満ちている。『マスク・オブ・ゾロ』で銀幕に初登場して以来、どちらかというとアクションがかった役が多くて『シカゴ』で「この人、こんなに踊れるのか!」とビックリさせたが、今度は年齢を隠さない(失礼)スッピン風メイクで、表面は強気を装いながらその実、ヘコみやすくて、自分に鞭打って必死に自分を盛り立てて生きるワーキングウーマンを演じている。特にエボニーアイの輝きがいい。またも新境地を開拓した感がある。こんな健気なヒロイン像なら、国を問わず女性の支持を勝ち取るだろう。その瞬間、『幸せのレシピ』の世界的なヒットが約束された。
忘れてはならないのが、ゾーイに扮した子役の上手さ。ハリウッド映画を見るたびに子役の演技に感心させられるが、今度もまた舌を巻いた。母を失って子供の心に空いた大きな空洞が痛いほど伝わってくる。ハリウッドでは子役も立派な俳優であり、演技というものがどういうものかきちんと教えられ、それが子供自身の自然なパフォーマンスになって表現されるのだ。日本でも『誰も知らない』のような子役中心の秀作があるが、またも、大きな差を見せ付けられた思いである。
■VC-1作品の中では画質の高さが好印象
さて、Blu-ray Disc対HD DVDの規格戦争もとうとう決着が付いた。急展開を呼んだ張本人であるワーナー・ホーム・ビデオ(以下WHV)から発売されたBD版『幸せのレシピ』を日立のフルハイビジョンプラズマテレビP50-XR01で見ようというのが、この記事の趣旨であるが、WHVはハイビジョンディスクのエンコードに関してVC-1という方式を採用している。
VC-1はマイクロソフトが考案した、Windows環境下での動画コーデックを原型にした方式で、ソニー・ピクチャーズやディスニー等が採用するMPEG-4 AVCに比較した場合、動画の早い動きへの追従など、やや劣る面があるとされている。しかし、『幸せのレシピ』はこれまでにVC-1でエンコードされた作品中、なめらかな階調感、リアルで豊かな解像感、発色の自然さで最高の出来、MPEG-4 AVCを含めた近作中でも群を抜いた画質の良さである。
同じマーケティングの映画、と先に引き合いに出した『イル・マーレ』はラブファンタジーだったから、中年の坂に差し掛かった男女のミステリアスな出会いをシカゴ郊外の自然も取り込みながら、絵本のような美しい色彩でドリーミーな味を醸し出していたが、『幸せのレシピ』は対照的にN.Y.の等身大(よりちょっと上)の女性が主人公なので、リアルで迫真性のある映像を狙っている。『幸せのレシピ』を演出したスコット・ヒックス監督は、ドキュメンタリー出身の異色監督で、実在のピアニスト、デビッド・ヘルフゴッドの人生を描いた『シャイン』、工藤夕貴が出演して話題になった第二次世界大戦中の日系アメリカ人を描いた『ヒマラヤ杉に降る雪』を演出した実力派である。
『イル・マーレ』がツーショットシーンで望遠レンズを多用し、二人の男女の距離感の微妙な変化を巧みに表出したのに対して、『幸せのレシピ』のスコット・ヒックスは、シェイキーカム(手持ちの小型カメラ)を多用して日常生活や厨房にズカズカと入り込み、シーンによっては、ケイト、ニック、ゾーイの主要人物三人のフレーミングで心の変化のドラマを作り上げる。
■映画を観るならプラズマに一日の長がある
こうした切れ味のいい映像の鮮度を味わうには、優れたフルハイビジョンテレビが必要だ。日立のP50-XR01は、まずフルハイビジョンの情報量と解像感があり、主演のキャサリン・ゼタ=ジョーンズの悩める一人の女性の美しさ(ちょっと荒れた肌まで含めて)と真実味のある存在感を、持ち前のシャープな映像で完璧に伝えてくれる。何より映像に鮮鋭感があるから、現代劇のリアリズムの手応えがそこにある。そして、画質のいい映画を「さあ家庭でくつろいで楽しもう」という時の、プラズマ方式の圧倒的な利を思い知らしめてくれる。
P50-XR01なら、母を失ってこの世に独りぼっちになってしまった少女の灰色の影に覆われた世界が、子役の巧みな演技を通じて画面に広がってくる。バックライトと偏光板を使って映像を作る液晶方式では、元々はフィルムで撮影されて表現できる、映画ならではの心の明暗の繊細なニュアンスは十分に描ききれないのである。薄型テレビの普及につれて、サイズの選択肢の多い液晶方式が最近、優勢であるが、映画を見るならプラズマに利があることをあらためて教えてくれたP50-XR01の映像だった。
下記の設定で、レストランのフルコースで宵の時間の過ぎるのを楽しむように、『幸せのレシピ』全編をゆっくりと見ることができる。液晶テレビもよくなってきたが、バックライトとコントラスト、黒レベル(ブライトネス)、色温度の絡みあいがあって、一本の映画を一つの設定で見通せるまでには達していない。レストランに例えるなら、コースの途中でテーブルを移動させられるようなものである。P50-XR01なら、きちんとそれが出来てしまうのである。
P50-XR01『幸せのレシピ』の調整値
※テレビ直上の照度約80ルクス
・映像モード:シネマティック
・明るさ:-2
・黒レベル:−4
・色の濃さ:-10
・色合い:-3
・画質:-2
・色温度:低
・ディテール:切
・コントラスト:リニア
・黒補正:切
・LTI:弱
・CTI・YNR・CNR:切
・3次元Y/C:入
・MPEG NR:切
・映像クリエーション:なめらかシネマ
・デジタルY/C:入
・色再現:リアル
・音声モード:シアター
・高音:0
・低音:+8
・バランス:0
・SRS;ワイド
・TruBass:強今日
・BBE:弱
・Focus:強
(大橋伸太郎)
大橋伸太郎 プロフィール
1956 年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループにて、美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。ホームシアターのオーソリティとして講演多数2006年に評論家に転身。趣味はウィーン、ミラノなど海外都市訪問をふくむコンサート鑑賞、アスレチックジム、ボルドーワイン。