【特別企画】“部屋をつくる"オーディオルーム・プロジェクト
音響設計のプロ集団が作った「クラシックをたっぷり楽しめる」オーディオルームを鈴木 裕が徹底レポート
部屋自体がひとつのオーディオのよう
クラシックをたっぷり楽しめる空間作り
音響設計のプロフェッショナル集団、アコースティックラボが手掛けるオーディオルームを訪ねる本企画。「あくまでもベーシックな下地を作るだけ」というポリシーのもと、同社が設計したリスニングルームをどのように活用し、音楽を楽しんでいらっしゃるのか?
オーディオ評論家の鈴木 裕氏が実際に訪ね、“部屋"の重要性を伝えながら、オーディオの本当の楽しさをお届けしていく注目連載がいよいよスタートする。まず第1回目は茨城県に在住の吉田郁雄さん宅を訪ねてみることにしよう。
■ピアノ演奏も相当な腕前で響きのいい部屋を求めていた
医師の吉田郁雄さんは、このたび茨城県の実家の横に家を建て、オーディオルームを作った。それはクラシック音楽の良く鳴る部屋だった。
吉田さんは小さい頃からピアノを習い、現在でも時々弾いている。少し前にブラームスのホルン・トリオをやったというから相当な腕前だ。ちなみにその場合はピアノパートを弾いているが、中学・高校と吹奏楽部で、大学に入ってからはオーケストラでホルンを吹いてきた。
オーディオ歴としては社会人になってからで、7〜8年やってきているという。現在のお住まいが建つ前はとなりの実家の自分の部屋でダリのヘリコン800を鳴らしてきたが、現在ではコンセンサス・オーディオのスピーカーを使っている。
パワーアンプはデジタル・ドメインのB1aを選択しているものの、「スピーカーを変えても、アンプやケーブル類は変えていません。部屋の響きがいいので充分満足しています」と吉田さん。
そう、部屋つまりオーディオルームの音が素晴らしいのだ。その理由のひとつは天井が高いことだが、どんな経緯でこの部屋を実現できたのか。この話がなかなか興味深かった。
<部屋を作った経緯>
■防音性能を備えた部屋づくり − 夜に音楽を楽しめる空間
家を建てる前にどこに設計をしてもらうかいろいろと物色。忙しい吉田さんなので主にインターネットで探していた。その中で出会ったのがアコースティック・ラボだ。
防音ができて、なおかつオーディオルームとして音がいいこと。吉田さんが聴く音楽は基本的にクラシックで、それも仕事が終わった後の夜に楽しむ機会が多い。実際に聴かせもらったものは編成の大きいものが多く、音量も割合大きめなので、たしかに気兼ねなく音楽を楽しむためにはある程度の防音性能が必要だ。
実際に九段下にあるアコースティックラボのデモルームにも赴き、その音や考え方について話した上で決めたという。そしてその後に、家全体の設計をしたカナザワ建築設計事務所(水戸)に出会っている。この順番が良かった。物事、段取りが決定的に大事な場合があるが、これもそれに該当する。
試しに外に出て聴いてみる。南側窓前に立っても時々かすかに聴こえる程度。木造であっても多くのピアノ室防音室を手掛けている同社にとってこの防音レベルは難しいことではないと言う(南側D'-60、西側と北側はD'-70)。
<部屋の紹介>
■縦と横と高さの割合により響きの良い音響空間を形成
吉田さん宅のオーディオルームを紹介してみよう。一番の特徴は天井高が3m50cmという高いものである点。短辺方向にスピーカーを設置しているが、横幅が2間半、奥行きが3間で、およそ15畳程度の広さの部屋だ。
横幅と奥行きの数値が出た段階で、アコースティックラボでは3.5mの天井高が必要と判断。ただし、天井高3.5mには2階があるために、オーディオルームの基礎を60cm低くすることで解決。大幅なコスト上昇を抑え込むという柔軟で合理的な設計によって寸法比の整った部屋を構築可能にした。このオーディオルームの空間のカタチを前提として、家全体の設計や施工をしたのだから順番が大事というのも頷けるだろう。
オーク材の床はスピーカー側とリスニング側でいったん分断されており、弾性シーリングが施されている。カカトを打ちつけてみても充分な硬さのある床だが、それでもスピーカー側の振動を分断したいという。壁は漆喰で壁自体の剛性は高め。スピーカーの後ろ側には音を吸収するゾーンが儲けられている。
特徴的なのは天井部に渡されている梁のような反響板たちで、分厚い部材を使い、太いボルトでがっちり固定されている。これを見て筆者は低音の定在波対策かと思ったが、アコースティックラボによると目的は違うという。
「高い天井ですので、重い壁の地震時の変位防止のための構造材です。あえて言えば、中高音域の拡散と間接照明(※梁の上にLED蛍光灯を設置)などのデザインのためです。低音の定在波対策は、前述の部屋の寸法比率を適切にするしかありません。低音の波動の進行を変えるには1/2波長以上の面積(100Hzで1.7m角、50Hzでその倍の面積)が必要になるからです」
「低音、中音、高音とそれぞれの帯域によって音のふるまいは変わります。中高域は後でも対策できるのですが、低音は部屋ができた段階でほとんど決まってしまいます」
音楽的に問題の出ない、部屋の縦と横と高さの割合がある、ということなのだ。それを実現するために基礎を部分的に下げ、これに連動して家全体の構造を決めるという順番が必要だった。
<部屋の音を体験>
■エネルギッシュな低音。臨場感と響きが心地いい
音を聴かせてもらった。まずは教会で収録されたラフマニノフの『晩祷(ばんとう)』から。合唱曲だがコーラスの底力が素晴らしい。低音がボーというように鳴るのではなく、ゴーっという芯のあるエネルギーを持っている。また教会がそこに出現してしまったかのように、響きが高い天井方向に上がっていく感覚。
その他、マーラーの交響曲やブラームスのホルン・トリオ、シューベルトのピアノ曲も聴かせてもらったが、いずれも高い臨場感があり、芳醇な響きが耳にも身体にも心地いい。
スピーカーが部屋で鳴っているのではなく、スピーカーと部屋が協調して、部屋が鳴っているような感覚がある。現実の広さ以上の空間の広がりを感じつつ、収録現場の空気感に濃密に満たされている感覚。
吉田さんの好みで残響音を長めにしているが、それは響きの多い西洋の建築物の中で育まれたクラシックにはきわめて好ましいものだった。
筆者はスピーカーのドライバーユニットはふたつの箱に囲まれていると考えている。振動板の後ろ側がエンクロージャー。前側が部屋である。部屋自体がひとつのオーディオのようだった。
<アコースティックラボ スタッフが解説>
『よい音のするオーディオルーム』設計の最大のポイント
部屋を吸音すると定在波の存在は目立ちにくくなりますが、部屋は基本的に無数の定在波が存在する一種の共鳴箱であると言えます。
住宅規模の広さの部屋にあっては、音楽帯域の低音域(30Hz〜150Hz程度)で定在波の重なりによるブーミングという現象が発現する場合があります。それは部屋の形(プロポーション)から決まってしまう現象で、吸音することによる解消は現実的に難しく、併害(中高音の吸音過多)のほうが問題になります。
低音の音のクセは全音域の音の悪さにつながることはよく知られています。従って、部屋のプロポーション=定在波の分布状態に直結するので部屋の音響設計の第一段階で検討しなければならない非常に重要なポイントなのです。しかし、このことはあまりよく知られていません。
よい音のするオーディオルームの条件とは、部屋の複数ある共振動の共振周波数(定在波)が分散・均一化されるような部屋の形が望ましいですね。部屋の形とは部屋のプロポーション(間口寸法:奥行き:天井高)のことを言います。
望ましい寸法比率とは、各々の内法寸法の比が整数倍にならないような比率です。従来、いくつかの寸法比率が推奨されてきていたり、また黄金分割比がよいとかいろいろ言われますが、実は数多くの良い比率はあるのです。ちなみに、8帖やその倍の16帖のような、整数倍の関係にある部屋は最悪の形です。
本例の場合は平面(間口、奥行)寸法を前提とすると、天井高は3.5m前後が良いことが計算から割り出されました。
木造住宅は3mの定尺柱を使うので、一般的に天井高は2.4m前後の高さになることが多いのです。しかし、防音天井・防音床をつくるとなるとさらに天井高が低くなってしまうので、そのままで2.4m以上の天井高をとることは不可能です。
そこで本例の場合は、オーディオルーム部分の基礎部分のみを下げること(1階の床から5ステップの階段で下りる)ことによって3.5mの天井高を確保できるようにしました。これにより寸法比率は「1:1.17:1.43」となり、上記図に照らし合わせると、寸法比率の良いエリアに位置しているわけです。
コスト面では、こうした深基礎工事(※地下工事ではない)のぶん、もちろん費用は多少アップします。ただし、オーディオルーム以外も含めた1階全体の天井高を高くする必要がなくなりますので、トータルで見るとコストアップを最小限に抑えることにも成功しています。
本例の場合、15帖の広さのオーディオルーム→3.5mの天井高→オーディオルーム部分の基礎を掘り下げる……といった建築の基本設計段階の検討が『よい音のするオーディオルーム』設計の最大のポイントであったということが言えるのです。
<アコースティックラボ主催イベント「Acoustic Audio Forum」情報>
アコースティックラボでは、オーディオやホームシアターにおける“部屋”の重要性を体感できる試聴会「Acoustic Audio Forum」を定期的に開催しており、直近では12月17日(土)と12月23日(金・祝)の開催が決定している。
12月17日(土)は“番外編”として「ジャズレコードを味わう会」を開催。ディスクユニオン JazzTOKYO店長の生島昇氏をゲストに迎え、Technics「SL-1200G」、Ortofon「SPU-1E」、Rega「Planar3」などを用いてアナログレコードを再生する。
12月23日(金・祝)のテーマは「吸音(配置)によるステレオ音場の調整を考える」。典型的な一般住宅(戸建・マンション)における実体調査報告をもとに、積極的に音場調整をする場合どのような手段があるのかを、タタミ大の吸音パネル6枚(中音と高音の吸音効果)を使って、実験試聴するという。
両日とも会場は同社の蔵前ショールーム。公式サイトで詳細を確認できるほか、メールフォームから参加申し込みを受け付けている。
■12月17日(土)「ジャズレコードを味わう会」
・1部:12時〜14時
・2部:15時〜17時
→参加申し込みフォーム
■12月23日(金・祝)「吸音(配置)によるステレオ音場の調整を考える」
・1部:13時〜15時
・2部:16時〜18時
→参加申し込みフォーム
【問い合わせ先】
(株)アコースティックラボ
TEL/03-5829-6035
http://www.acoustic-eng.co.jp/
〒111-0052 東京都台東区柳橋2-19-10 第二東商センター2号館B棟1F
(※本記事はオーディオアクセサリー163号からの転載記事です)