レコードに刻まれた「本当の音」を探る
DECCAが採用した「FFRR」カーブと「RIAA」の関係性を探る
そう、私は見つけてしまったのだ。1955年以降にリリースされた、しかもステレオレコードでRのついた盤を。
カラヤンの『オテロ』(初出1961年 品番SET209/11)とショルティの『神々の黄昏』(初出1965年 品番SET292/7)がそれだ。初期盤では「R」はついていないが、1966年以降のプレスと思われるものに末尾に「R」がついている。現段階ではSET品番でしか確認していないが、SXL品番では1966年以降廉価盤であるSDD品番に切り替わっているので、その際にRIAAカーブにリマスタリングされている可能性がある。
初期盤と後年の「R」がついたものを聴き比べると、カッティングレベルから帯域バランスまで全く違う。特に所有している『オテロ』は面ごとに「R」がついていたり、あるいはついていなかったりとまちまちなのだ。イコライザーカーブ切り替え機能を搭載しているM2TECH Evo PhonoDAC Twoを使い、「R」がついているものをRIAAカーブで、「R」がついていないものをFFRRカーブで聴くと、音質的に揃う。Evo PhonoDAC TwoのEQカーブは、種類により聴感上で出力レベルが異なるが、イコライザーカーブをきちんと揃えてやることで帯域バランスと一緒に出力レベルまでほぼ同じになったことが確認できた。
これを受けて、DECCAがステレオ時代になってからリリースされたテストレコード(Stereophonic Frequency Test Record、初出1958年 品番SXL2057)を入手し、カッティングされている周波数特性をEvo PhonoDAC TwoのUSBインターフェース機能を使い、PCに録音し確認してみることにした。
テストレコードには、イコライザーカーブが適用された上で、40Hz〜12kHzまで12つの周波数が等レベルで刻まれている。各周波数のプロットとRIAAカーブ、FFRRカーブを見比べてみると、RIAAカーブに近い特性のようだ。またレーベル面には、RIAA=BS特性から0.5dB以内に収まっていると書かれている。
前述オテロのように同じBOXの中でも「Rつき」と「Rなし」が混在していたことを考えると、実際のところは、盤によって採用していたカーブもまちまちだったのではないか、ということが考えられる。FFRRカーブでカッティングしていたもののみ、1966年以降リリースする場合にはRIAAカーブへリマスタリングを施し、マトリックスナンバーも変更されたとも考えられるだろう。
また、当時の専門誌やレコードのジャケットなどには、RIAAカーブに統一されたことの記載があるものの、音質的におかしいと思った際にはトーンコントロールで調整することを薦める旨が併記されていた。1970年代ごろまではアンプにトーンコントロールがあるのが当たり前だったし、また、1960年代ごろまではフォノイコライザー部分に可変カーブを搭載している機器が多く存在していた。当時、可変カーブ搭載機種として有名なのはマッキントッシュの「C-8」だが、これが発売されたのはRIAAカーブ策定後の1955年になる。
表向きにはステレオに切り替わる際に混乱が起きないよう策定されたRIAAカーブだが、実はその当時にはステレオ音源としてすでにテープが存在していた。ステレオ対応の可変カーブ・フォノイコライザー機能というのは、レコードのステレオ時代の開始の段階ですでに多く出回っていたことになる。DECCAにしてみれば、アメリカの、しかもRCA Victorが主導で決めたRIAAカーブへ早急に移行する理由はなかったともいえるだろう。