開発者に話を聞く/生産ラインも視察
デノン “モンスターAVアンプ”「AVC-X8500H」はいかに誕生したのか。同社の白河拠点を取材
ちなみに同工場内には、一般非公開の「デノンミュージアム」があり、1960年代からのデノンのキラ星のごとき名機と代表的製品が広々したスペースで一堂に会しているのが壮観だ。筆者が長く愛用したプリアンプ「PRA-2000ZR」(1986年。フォノイコライザーの音質が画期的によかった)などにも再会でき、感慨ひとしおだった。
<3>AVC-X8500H「生みの親」に誕生までの道筋を聞いた
工場ライン見学の後、第一章で書き連ねたAVC-X8500Hにまつわる数々の疑問と推測について率直な話を伺った。対応いただいたのは、本機の開発を担当した橋佑規氏だ。橋氏は2001年に日本コロムビア株式会社。最初はステレオアンプの開発に従事し、入社6年目にハイファイチームからAVアンプチームへ移った。自身の設計した回路で構成した初めて製品が、HDオーディオ対応のプリアンプ「AVP-A1HD」だったという。
■モノリス・コンストラクションや左右対称レイアウトはフラグシップの証左
まず最初に、A1と共に歩んで来た橋氏に、冒頭で呈した最大の疑問、「AVC-X8500HはどうしてA1を名乗らなかったのか?」をぶつけてみた。橋氏は以下のように答えてくれた。
「AVアンプのフラグシップは最新サラウンドフォーマット、市場のデマンド、そして技術の新要素が一致したタイミングに、現れるべくして現れるものです。AVC-X8500HはAVC-A1HDから10年を経て誕生したわけですが、ここでなし得たサウンドは、フラグシップを継承するにふさわしいものです。『A1』であってもおかしくありません。しかし、かつてA1を名乗った製品もグローバルでは5805、5308等の4桁の商品番号で海外展開されていました。よって今回を期にリセットを行い、欧州や北米との品番の統一を行いました」。
それならば「AVC-X8500Hは内容面ではA1そのものなのですね」と続けると、橋氏はその通りだと答えてくれ、フラグシップたらしめる要素とは何か教えてくれた。
「左右対称レイアウトは、ハイファイ/ピュアオーディオの基本です。1970年代のPOA-3000から始まりAVC-A1XV、AVC-A1HDを経て、我々はこのコンセプトを一貫して守ってきました。ひとつ前のAVR-X7200Hでも採用しましたが、AVC-X8500Hの左右対称レイアウトは、デノンフラグシップの証左です。一方で、モノリス・コンストラクション&独立電源供給、独立シグナルパスもフラグシップならではの要素ですが、これらの考え方はここ数年のモデルで練り上げてきた技術となります」。
最上位機種という観点なら、ボリューム回路にも注目したい。AVC-X8500Hではプリアンプ部にボリュームに特化したデバイスを使用して基板上に理想的にレイアウトする手法が用いられたが、10年前の旗艦モデルであるAVC-A1HDの時点ではごく当たり前のコンセプトだったという。しかし、昨今の多機能化したAVアンプでそれを実現するのは難しいことになっていた。
それでもデノンは、いずれ登場するこのフラグシップ機を見据えて新デバイスをJRCと協同開発。下位モデルに先行して搭載して音質や使い方を見極めた上で、本機に搭載した。
■13ch内蔵を実現するために、徹底したノイズ対策を実施
AVC-X8500Hは13ch内蔵という過去に例のない多チャンネル化を実現した。しかも定格出力は150W+150Wを達成しているが、これはAVC-A1HDと同等のスペック。7chから13chへ、チャンネル数を倍近くにしながら同等のスペックを維持したわけだ。
「AVC-A1HDを設計している時点では7chだったものが、まさかその倍近くの13chにまで発展するとは予想だにしませんでした」とは橋氏の言葉だ。
橋氏のキャリアのスタートはステレオアンプの設計だったそうだが、AVアンプの設計はステレオアンプと比較しても難易度は高く、より設計が基本に忠実でないと音質に優れた多チャンネルパワーアンプは実現しないとのこと。
ではその基本に忠実な設計とは何か。それは「ノイズとの戦い」、そして「発熱との戦い」の2つに帰着すると橋氏は語る。
まずはノイズとの戦いについて説明してくれた。AVアンプは映像回路、デジタル回路、電源回路などのノイズ源を内包しているため、パワーアンプが多チャンネル化するとこれらに対するノイズ対策がより重要になるのだという。
一般にノイズというと、「静電ノイズ」「誘導ノイズ」共通インピーダンスに起因するノイズ」が挙げられる。これらの対策として有効なのが、モノリス・コンストラクションによるパワーアンプ回路と信号ラインの完全分離、そして電源独立供給なのだという。
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