開発者に話を聞く/生産ラインも視察
デノン “モンスターAVアンプ”「AVC-X8500H」はいかに誕生したのか。同社の白河拠点を取材
モノリス・コンストラクションは、基板をモジュール化することで全チャンネルを同一クオリティにするという狙いがあるが、利点はそれだけではない。
大電力を扱うパワーアンプにおいて、モノリス・コンストラクションは各チャンネルの相互干渉を最小限に抑えることにも貢献する。基板の分離による物理的な距離の確保は誘導ノイズを、電源ライン/信号ラインの独立化は共通インピーダンスに起因したノイズを排除することを可能にすると橋氏は語る。
橋氏は、AVアンプにおけるノイズ対策が再生ソースの変遷に合わせて変化してきたという興味深い事実についても触れた。
「静電ノイズや誘導ノイズへの最も有効な対策は、信号系、またはそのシステムのインピーダンスを下げてやることです。昔のAVアンプでは信号ラインの所々にバッファーを入れることで対策を行いました。しかし、バッファーをたくさん入れると音の鮮度はどんどん落ちていきます。
ドルビーTrue HDやDTS-HDマスターオーディオなどのHDオーディオが登場し始めためた頃から、そういったバッファーに頼った対策は音質設計上から良しとしない時代になっていきました。ソースの鮮度が上がるにつれて、AVアンプの信号系もよりシンプルで鮮度の高いものが要求されされたのです。こうした背景からDDSC-HDが誕生し、現在までデノンの看板技術になっています」。
■温度管理の徹底がアンプ性能を最大限引き出す。アナログだからこのサウンドは実現した
橋氏は続いて「発熱との戦い」について説明してくれた。そもそもアンプ自体が発熱源であり、チャンネル数が増えれば増えるほど発熱量も増える。効率を考えればクラスDを採用するという選択肢もあったはずだ。
「ICE powerをデノンとして初めて搭載したステレオアンプ PMA-CX3(2006年)は、実は私が回路設計を手掛けた製品で、クラスDアンプの利点はよく承知しています。AVアンプもクラスDへ転換しようという社内的ムーブメントが一時高まったことも事実です」と橋氏。
しかし最終的にデノンは、高効率の温度マネジメントを実現すると共に、伝統的なディスクリートのアナログ・リニアアンプの回路を熟成させ、高音質なマルチチャンネルサラウンドを追求する道を選んだのだという。
「AVアンプが今後否応なしにクラスDへ方向転換するターニングポイントもあるでしょう。しかし、今回のAVC-X8500Hの音質はアナログだからこそ実現できました」。
温度マネジメントのキーテクノロジーは、チャンネルそれぞれに温度計を実装して常にアンプの発熱をモニターするという手法だ。これにより規定以上の負荷がかかった際のアンプ保護が容易になり、従来のAVアンプでは必須だった電流リミッターを外すことに成功した。
AVC-X8500Hの場合、公称の定格出力は2ch再生時によるものだが、13chを同時駆動したとしてもリミッターをかけることはないという。実測値でトータルで1,557Wという驚くべき出力はこのようにして実現したのだ。
AVP-A1HDから10年。リーマンショックに端を発する北米の経済不況、東日本大震災では白河工場も深刻な打撃を被り、完全な復旧まで数年を要した。困難な時期を乗り越え今日、最新フォーマットのアップデート、市場の要求など諸条件とやっとタイミングが揃い、10年ぶりのフラグシップAVアンプの発表を迎えることができた。
10年間の推移を映したフラグシップ像の変化が、AVC-X8500Hから感じられる。北米市場が好況のピークにあり、各社プレステージモデルの競演だった10年前ならいざ知らず、モアチャンネル化とソフトのフォーマットが多様化した現在は、プレミアム性より飾り気のない実力。デノンのフラグシップの新しい価値観を感じさせるのが本機なのである。
第四章 ホームグラウンド白河工場内シアタールームで恐るべき表現力を遺憾なく発揮
本機の音質は、D&M本社のデノン試聴室における試聴をはじめ、これまで何度か確認してきた。しかし、開発時に音決めの舞台となった白河工場内の視聴室で13.2chフル稼働の音質を聴く機会は滅多になく、これまでの試聴で気付かなかった点も含めて、ファイルウェブ読者に報告しておこう。
視聴室は約40畳の広さで、スピーカー構成はサラウンドバックを追加したグラウンドレベル7chに、インシーリング(天井埋め込み)のトップスピーカー6基、スーパーウーファー2基の7.2.6構成だ。プレーヤーはDENON「DBT-3313UD」。スピーカーシステムはB&W「800 Diamond」シリーズを中心に構成されており、トップスピーカー6基もB&Wのインシーリングスピーカーを用いている。
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