レーベル4社を直撃
<BUCK-TICK歴代アルバム全ハイレゾ化記念>製作陣が語る、B-T名曲ハイレゾ版の聴き所とは?
▼Lingua Sounda / 徳間ジャパンコミュニケーションズ時代作品
(2012年〜現在)
『或いはアナーキー』
<インタビュー> キング関口台スタジオ 矢内康公氏 FLAIR MASTERING WORKS 内田孝弘氏 |
−− 最後に、独自レーベルLingua Soundaの第一弾アルバムとなった『夢見る宇宙』のハイレゾ化を手掛けた矢内さん、最新作『或いはアナーキー』のハイレゾ化を手掛けた内田さんにお話を伺いたいと思います。まずは矢内さんから。本作のハイレゾ化のお話しが来たとき、どう感じましたか?
矢内氏: 「ハイレゾ」というと、まだまだその言葉自体が一般リスナーにまで浸透していないように感じます。配信されているタイトルを見ても、ジャズやクラシック等が多い印象がありますので、今回のようにBUCK-TICKなどロック系の音楽もどんどんタイトルが増え、もっとハイレゾを聴くユーザーが増えてくれると良いなぁと思います。
−− 本当にそうですね。では、矢内さんがエンジニアの立場から思うハイレゾの魅力って何でしょう?
矢内氏: まず現状、録音やトラックダウンはすでにCDの44.1kHz/16bitよりもハイサンプリングで行われています。これをマスタリング段階でダウンサンプリングするのですが、どういった方法でダウンサンプリングするかというのが頭を悩ませる所です。ファイルベースで変換してしまうのか、DA/ADコンバータを使うのか。機材の選定やケーブル等でも音は変化します。その点、ハイレゾですとトラックダウン・マスターのサンプリングレートを落とす事なく、音作りに集中できるのが、エンジニアとしてはありがたいところです。
−− よくわかりました。では、『夢見る宇宙』について伺っていきたいと思います。本作は打ち込み要素もありつつ、主軸は力強いバンドサウンドでスコーンと抜けてノリやすい作品だと感じました。今回ハイレゾ化するにあたり、矢内さんが特にこだわられたところはありますか?
矢内氏: オリジナル盤CDの方の音は、弊社スタジオ澁澤が担当しておりますが、トラックダウンされたマスターの魅力を十分に引き出した上で、ヴォーカルの繊細な部分を残しつつ、演奏のダイナミック感、力強さを追加し、リスナーがどういった再生環境であっても印象が変わらないようにマスタリングされていると思いました。
それを踏まえ、ハイレゾ化にあたっては、マスターの音をなるべく変化させないようにしました。通常CDのマスタリングですと、マスターをダウンサンプリングします。この時、当然ですが音の情報量も減ります。それを補う為にEQやCompを使いますが、今回はハイレゾですのでその必要がありませんでした。
また、こちらの理由の方が大きいのですが、トラックダウン・マスターの音が既に完成されていましたので、手を加えることによって、このバランスが崩れてしまうことの方が良くないという判断です。ですので、『夢見る宇宙』のハイレゾに関しましては、アーティストがスタジオで聴いている音がそのまま聴けます! これも「ハイレゾ化」の魅力の1つだと思います。
−− 「アーティストがスタジオで聴いている音がそのまま聴ける」。まさにハイレゾの魅力ですね。
矢内氏: ハイレゾ化の手順としては、まずオリジナル盤のCDとトラックダウン・マスターの音源をPyramixに取り込み、それぞれの音を比較・検証し、ハイレゾ・マスターを作成していきました。トラックダウンされたマスターが48kHz/24bitでしたので、音質は変わっておりません。
−− 具体的に、音づくりで重要視したコンセプトはありましたか?
矢内氏: CDのマスタリングでは多くの場合、リスナーの再生装置や再生環境も考慮して、音を作っていきます。例えば、CDプレーヤーでも携帯プレーヤーでも、スピーカーでもイヤホンでも、静かな部屋でも電車の中でも、大音量でも小音量でも…様々な「環境」を想定します。今回の「夢見る宇宙」のハイレゾ化においては、特に「音質」を重視しています。
ヴォーカルだけではなく、楽曲のアレンジ、各楽器の音やバランスなど、じっくり音楽を鑑賞していただければ、アーティストの意図や表現がよりダイレクトに伝わると思います。そして、「アーティストがスタジオで聴いている音と同じ音が聴ける」ので、これが何よりも贅沢なことだと思います。
−− 本当にそう思います。では続いて、最新作『或いはアナーキー』について内田さんに伺っていきます。本作は最新作なので、ファンの方が特に直近で聴き込んできたアルバムだと思います。こちらは、どんなコンセプトでハイレゾ化されたのでしょうか?
内田氏: 『或いはアナーキー』のハイレゾの音作りに関しては、ミックスエンジニアの比留間さんと自分を中心にメンバー&スタッフで話し合い、「CDのサウンドイメージを変えずに、自然な形でハイレゾならではの質感を持たせていこう」ということになりました。
−− 内田さんはCD盤の方のマスタリングも担当されているんですよね。CDとハイレゾで、マスタリング時の音のイメージの違いなどはありますか?
内田氏: そうですね、具体的なイメージとしては、CDのマスタリングでは「各パートが一体となるようなパワー感のあるサウンド」に仕上げました。一方のハイレゾでは、一体感というよりは「各楽器が分離よく立体的に聞こえ、リバーヴやディレイなどの空間系の処理が繊細に表現されるようなサウンドメイク」を施しました。BUCK-TICKに限らずハイレゾ制作に関しては、アーティストの表現したいことがブレないようにしつつ、両方聴いたリスナーの方にその違いを「なるほど!」と思ってもらえるような作品に仕上がるように取り組んでいます。
−− CDとハイレゾ、それぞれの良さを楽しめる音づくりをしているんですね。「各楽器が分離よく立体的に聞こえる」というのは、まさにハイレゾを活かした音づくりだと思います。ちなみに、ハイレゾだからこそ大変だったことなどはあるのでしょうか?
内田氏: マスタリングの手順自体は、ハイレゾとCDで特に変わりはありません。自分の場合は、今マスタリングしているサウンドと、その素材となるオリジナルマスターを常に同じ音量でモニターすることで、音の変化を確認しながら進めていきます。エンジニアの比留間さんのミックスは完成度が高く、特に気になるピークもなかったのでやりやすかったです。
本作ではCDのマスタリングもやっていたので、ハイレゾ化に関して特に苦労したところはありませんでしたね。ただ、あえて全体のレンジ感を狭めて作った曲については、そもそも“ローファイな質感”を狙っているのでハイレゾ感(?)は出しにくかったですね(笑)
−− なるほど、ロックバンドっぽいですね(笑)では最後に、内田さんが担当された『或いはアナーキー』ハイレゾ版ついて、ずばりハイレゾ化による聴き所はどこでしょうか?
内田氏: 櫻井敦司氏のボーカルの子音や、シンバルの自然な伸びといった高域。また、すっきりとまとまっているが厚みを感じる中域。そして、Kick/Bassなど低音の粘りの量感ですね。リスナーの皆さまには、ぜひそういった部分に注目して今回のハイレゾ版を楽しんで頂きたいと思います。
さて、BUCK-TICKのアルバム全作品ハイレゾ化記念インタビュー、いかがだっただろうか。印象的だったのは、今回インタビューに答えて頂いたエンジニア&プロデューサー陣が共通して「オリジナル盤の世界感を崩さずにハイレゾ化する」という意味の内容を語っていたこと。言葉にすると簡単だが、たとえ「高音質化」だとしても聴こえ方のバランス1つで楽曲の印象は変わるので、よく考えてみれば、世界感を崩さずにそれを実現するのはすごいことなのだと思う。また、ハイレゾ配信時代の到来によって、CD以上の高音質を一般リスナーが享受できる時代になったことは改めて喜ばしいことだ。そんな風に形態が進化していく音楽を、いちリスナーとしてお茶の間から楽しんでいきたい。
(記事構成:Phile-web編集部 杉浦みな子)